バレエのレッスンで、先生が繰り返す言葉があります。「もっと引き上げて」「軸を引き上げて」——でも、実はその意味がよくわからないまま頷いている方は少なくありません。私も40代でバレエを始めたとき、背中を伸ばすこと?お腹をへこませること?と、全く見当違いの想像をしていました。この記事では、専門用語を使わず、普段の生活に置き換えながら「引き上げ」をわかりやすくお伝えします。これから始めようか迷っている方にも、すでに通っていて「引き上げ迷子」になっている方にも役立つ内容です。読み終わる頃には、「あ、そういうことだったのか」と、次のレッスンが少し楽しみになっているはずです。
「引き上げ」って何ですか?
引き上げは「頑張ること」ではありません
「引き上げる」という言葉を聞くと、身体をぐっと上へ持ち上げるような、力強いイメージが浮かびますよね。でも、実際は違います。無理に背筋を伸ばすことでも、胸を張ることでもありません。イメージしていただきたいのは、頭のてっぺんに一本の糸がついていること。
その糸を、誰かが空へ向かって、ふわっと持ち上げてくれる。そんな感覚です。
すると——
首が長くなり、 肩の力が抜け、 背中も自然に伸びていきます。身体を無理に動かしたわけではないのに、姿勢だけが整っていく。それが「引き上げ」の第一歩です。マリオネット(操り人形)を思い浮かべてもらってもいいかもしれません。糸がゆるむと、人形はくたっと崩れます。糸がすっと張られると、力んでいないのに、きれいに立ち上がる。
私たちの身体にも、あの「頭の糸」があるつもりで立つ——それが引き上げの入り口です。
「背筋を伸ばす」と何が違うの?
ここを混同している方が、とても多いです。
| 背筋を伸ばす | 引き上げ |
| 力で姿勢を作る | 骨の並びを整える |
| 胸を張る | 頭頂を上へ導く |
| 疲れやすい | 力みにくい |
| 長続きしない | 日常でも続けやすい |
「背筋を伸ばす」は、筋肉の力でぐっと姿勢を作る動作です。学校で「姿勢を正して!」と言われたときの、あの感じですね。気合いで作る姿勢なので、数分で疲れて、気づけば元に戻っています。
一方の「引き上げ」は、頭頂を上へ導くことで、背骨がいちばん楽に積み上がる位置に骨を並べ直すこと。
積み木をイメージしてください。ずれて積まれた積み木は、手で押さえていないと崩れます。でも、まっすぐ積み直せば、支えなしで立ちます。力で支えるのではなく、置き場所を直す。だから、疲れにくく、続けやすいのです。
初心者が一番誤解しやすい3つのこと
「引き上げて」と言われたとき、初心者がやりがちな誤解が3つあります。私は3つとも、全部やりました。
誤解① お腹を思いきりへこませる
息を止めて、ぺたんこになるまでお腹をへこませる——これは引き上げではなく、ただの「我慢」です。息が止まっている時点で、身体はガチガチ。腕を動かせば肩に力が入り、脚を動かせばぐらつきます。踊るどころではありません。
見分け方は簡単で、「その姿勢のまま、普通にしゃべれるか」です。引き上げているとき、呼吸は止まりません。会話もできます。むしろ、楽に呼吸できる状態が正解です。
誤解② 胸を張って、腰を反らせる
「姿勢よく」と思うと、つい胸をぐっと張りたくなります。胸だけを張ると、肋骨が前にパカッと開いて、腰が反ります。これは腰に負担がかかる姿勢で、先生からは「肋骨閉じて」と、別の注意が飛んでくることに……。見分け方は、横から見たとき、肋骨の下端が前に飛び出していないか。手を肋骨の下に当てて、骨が手のひらを前に押してくるようなら、張りすぎです。引き上げの方向は「前」ではなく「上」。胸ではなく、頭頂です。
誤解③ 力を入れ続けるものだと思っている
「引き上げ=ずっと力むこと」だと思うと、レッスンの90分がとても長く感じます。実際の引き上げは、全力の力みではなく、「上に伸びる意識を、うっすら保ち続ける」感覚。強さでいえば、100点満点の20〜30点くらいの、控えめな力で十分です。料理にたとえるなら、強火でぐつぐつ煮るのではなく、弱火でことこと保温し続けるイメージ。火を消さないことが大事で、火力は要らないのです。
| よくある誤解 | 見分け方 | 実際の引き上げ |
| お腹を全力でへこませる | 息が止まる・しゃべれない | 呼吸が楽にできる程度に、細く長く |
| 胸を張る(方向は前) | 肋骨の下端が前に出る | 頭頂を導く(方向は上) |
| ずっと全力で力む | 90分が苦行になる | うっすらした意識を保つ(弱火) |
なぜ先生は、毎回「引き上げ」と言うの?
「もう聞き飽きるくらい言われるんだけど……」という方へ。先生が繰り返すのには、ちゃんと理由があります。
理由① すべての動きの「土台」だから
プリエも、タンデュも、回転も、ジャンプも。バレエのあらゆる動きは、引き上がった軸の上で行われます。土台が崩れた家に、きれいな屋根は乗りません。それと同じで、引き上げのない身体には、どんなステップも綺麗に乗らないのです。実際、引き上げが抜けたままプリエをすると、ただの屈伸運動になります。引き上げたままプリエをすると、同じ動きなのに「上に伸びながら、下に曲げる」という、バレエらしい立体感が生まれます。だから先生は、動きの種類が変わっても、毎回「引き上げて」から始めるのです。
理由② 身体を痛めないためだから
引き上げが抜けた状態で動くと、体重が膝や腰にドスンと落ちます。特に大人から始めた私たちの身体には、これがいちばんの敵。引き上げは、いわば身体の中に「一本の吊り橋」を作ること。体重を骨の並び全体で分担できるので、一か所に負担が集中しにくくなります。先生の「引き上げて」は、上手に見せるためだけの言葉ではなく、「怪我をしないでね」という意味でもあるのです。
理由③ 引き上げは「状態」なので、すぐ元に戻るから
引き上げは、一度やったら終わりの「動作」ではなく、保ち続ける「状態」です。そして人間は、ほんの数秒気を抜くと、すっと元の姿勢に戻ります。順番を覚えるのに必死になった瞬間、鏡の中の他人が気になった瞬間——引き上げは、静かに抜けていきます。これは私たちが悪いのではなく、何十年もかけて身についた癖とは、そういうものです。だから先生は、何度でも声をかけてくれる。「また言われちゃった」ではなく、「リセットのチャイムが鳴った」くらいに受け取ると、レッスンが少し楽になりますよ。そして、この「引き上げが抜けた状態」こそが、猫背やスマホ首の正体でもあります。詳しくはこちらの記事で書いています。
自宅でできる「引き上げの感覚」の見つけ方
「イメージは分かったけれど、合っているか自信がない」という方のために、感覚をつかむ簡単な方法を2つご紹介します。どちらも1分でできます。
① 壁を使う方法
- 壁に、かかと・お尻・背中・後頭部を軽くつけて立つ
- 腰の後ろに手のひら1枚分のすき間があるか確認する
- その姿勢のまま、後頭部だけを壁に沿って1センチ上へずらすつもりで伸びる
- 首の後ろが長くなり、お腹がうっすら働く感覚があれば、それが引き上げです
壁が「まっすぐ」を教えてくれるので、自己流のずれに気づきやすい方法です。
② 頭に本をのせる方法
昔ながらの方法ですが、理にかなっています。
- 薄い本を1冊、頭の上にのせる
- 落とさないように、頭頂で本を「そっと押し上げる」つもりで立つ
- そのまま3歩だけ歩いてみる
本を落とさないためには、頭頂が常に真上を向いている必要があります。これがまさに、引き上げの方向感覚です。
日常生活で試せる「引き上げ」
引き上げのいいところは、レッスンがない日でも、道具なしで練習できることです。
おうちの中でできる、おすすめの場面を4つご紹介します。
① 椅子に座り直すたびに 坐骨(お尻の下の骨)で座面を捉えて、その上で頭頂を上へ。デスクワークの方は、これがいちばん効きます。座り姿勢の引き上げが身につくと、夕方の腰の重さが変わってきます。
② 歯みがきの間だけ 毎日必ずやることとセットにすると、忘れません。鏡の前なので、姿勢の変化を目で確認できるのも利点です。
③ お湯が沸くのを待つ間に キッチンでの待ち時間は、絶好の練習タイムです。コンロの前で、頭頂の糸をふわっと。お料理のたびに練習の機会がやってきます。
④ ドライヤーをかけている間に 腕を上げていると肩がすくみやすいので、あえて「首は上、肩は下」を確認する練習になります。毎晩の数分が、そのまま引き上げの積み重ねに。
外出先(信号待ちや電車の中)での練習は、スマホ首の記事で詳しくご紹介しています。
ポイントは、「一日中やろうとしない」こと。
思い出したときだけで大丈夫。忘れていた時間があっても、ゼロに戻るわけではありません。「思い出す回数」が少しずつ増えていけば、それで十分です。
「引き上げ」がくれる、バレエ以外のうれしい変化
<p引き上げが身についてくると、変わるのはレッスンの中だけではありません。日常にも、静かな変化が広がっていきます。
① 立ち姿の印象が変わる 首が長く見えて、背が高く見える。特別なことをしていないのに、「姿勢いいね」「何かやってるの?」と聞かれるようになります。写真に写る自分への抵抗も、少しずつ減っていきます。
② 疲れにくくなる 骨の並びが整うと、体重を筋肉の力だけで支えなくてよくなります。夕方のどっしりした疲れ、立ち仕事のあとの腰の重さが、以前より軽く感じられるようになりました。
③ 洋服の着こなしが変わる 同じ服でも、着る「土台」が変わると印象が変わります。シンプルなシャツやニットこそ、姿勢の差がそのまま出るもの。新しい服を買わなくても、手持ちの服が少し素敵に見えてくる——これは想像していなかった、うれしいおまけでした。
つまり引き上げは、バレエ上達のための技術であると同時に、日常を整える技術でもあるのです。レッスンは週1回でも、引き上げは毎日あなたと一緒にいてくれます。
引き上げQ&A
Q1. 引き上げているつもりなのに、先生にまた注意されます……
つもりの方向が「前(胸を張る)」になっているのかもしれません。方向を「上(頭頂)」に修正してみてください。また、動きに集中すると引き上げは誰でも抜けます。注意される=下手、ではなく、全員が通る道です。先生も「抜けるのが当たり前」だと分かっているから、何度でも言ってくれるのです。
Q2. 引き上げようとすると、息が止まってしまいます
力が強すぎるサインです。いったん全部ゆるめて、「糸でふわっと吊られる」イメージだけに戻りましょう。呼吸が楽にできる強さが、あなたの正解です。
Q3. 肩が一緒に上がってしまいます
上に伸びるのは「背骨」だけで、肩は含まれません。一度、肩をぐーっと耳まで上げてから、ストンと落としてみてください。その落ちた位置のまま、頭頂だけを上へ。これで「肩」と「背骨」を分離する感覚がつかめます。もうひとつの方法(鎖骨を開いて肩甲骨を下げる)は、スマホ首の記事でご紹介しています。
Q4. 体が硬くても、引き上げはできますか?
できます。引き上げに必要なのは柔軟性ではなく、「方向の意識」だからです。前屈が苦手でも、開脚ができなくても、頭頂を上へ導くことは今日からできます。むしろ引き上げで骨の並びが整うと、ストレッチの効きもよくなっていきます。
Q5. 40代・50代から始めても、身につきますか?
身につきます。引き上げは筋力勝負ではなく、感覚を育てるものなので、年齢によるハンデがとても小さいのです。それどころか、大人は「なぜそうするのか」を理解してから取り組めるぶん、子どもより早く感覚をつかむ方も少なくありません。
Q6. どのくらいで、できるようになりますか?
「完璧にできる日」を待つ必要はありません。引き上げは、できた・できないの二択ではなく、思い出す回数が増えていくもの。数週間で「あ、今抜けてた」と自分で気づけるようになれば、それはもう立派な上達です。
まとめ:「引き上げ」がわかると、バレエが変わる
最後に、この記事の要点を表にまとめます。
| 質問 | 答え |
| 引き上げって何? | 頭頂を上へ導き、骨の並びを整えること |
| 背筋を伸ばすのと違う? | 力で作らないので、疲れず続けやすい |
| なぜ毎回言われる? | 全動作の土台で、怪我予防で、すぐ抜けるものだから |
| 強さの目安は? | 呼吸が楽にできる、うっすらした意識(弱火) |
| 感覚のつかみ方は? | 壁を使う・頭に本をのせる |
| どこで練習できる? | 椅子・歯みがき・お湯待ち・ドライヤー |
引き上げは、バレエが上手になるためだけの技術ではありません。40代・50代の毎日を、少しずつ整えてくれる一生ものの習慣です。
この記事を書いた人
40歳でバレエを未経験からスタートし、15年間レッスンを続けてきた会社員。通算7回の発表会に出演し、トウシューズで舞台に立つという夢を叶えました。スポーツ整形外科への通院経験も踏まえながら、バレエを続ける中で感じた体の悩みや向き合い方を発信しています。飾らないリアルな体験を通して、これからバレエを始める方や、レッスンを続けている方へ役立つ情報をお届けしています。
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※この記事は個人の体験と学びにもとづくものです。感じ方には個人差があります。


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